論語営業の哲学 論語営業とは何か、その学び方について ~論語営業のすすめ⑦

営業人.com代表 安藤 雅旺
論語営業の哲学 論語営業とは何か、その学び方について ~論語営業のすすめ⑦
・論語営業とは何か
営業の目的として、業績向上・顧客開拓・顧客の問題解決のほかに「顧客創造活動を通して自身の人間性を高める。そして自身を小人から君子へ近づけること」を加えることで、営業を楽しむことが重要であることを前章で述べました。そのために、渋沢栄一の士魂商才の実践を志向し、陽明学の知行合一の精神で論語を学ぶこと、論語を拠り所とした営業「論語営業」を実践することをお伝えしました。それではこれから、論語営業の具体的な中身に入っていきましょう。
・論語営業 その学び方について
論語や陽明学は教条主義ではない
『論語』と聞くと、古臭い教義を暗記し、素読し現実に当てはめる堅苦しいものであるというイメージを持つ方もいらっしゃると思いますが、これは学ぶ側の姿勢の問題であり現実の論語や孔子のあり方はまったくその逆です。論語の中では常に孔子と弟子との対話が描写されていますが、孔子は弟子によって、またその弟子の抱えている問題や状況に応じて言葉を変えて伝えています。論語の中でもっとも重要な徳目である仁についての説明に様々な表現が使われているのもこのためです。
陽明学でも伝習録の冒頭は下記から始まります。
「聖賢が人に教えるのは、ちょうど医者が薬を投与するときに、常に病に応じてそれを処方し、体力や熱の有無、また病気の箇所や症状のいかんなどを診た上で、その都度、匙(さじ)を加減するのと同じである。その目的はあくまで相手の病弊をとり除くことにむけられているのであり、あらかじめ定まった処方をもって相手に臨むわけではない。というのは、もし或るひとつの処方だけに固執していては、結局、相手を殺してしまうことになるからだ。いま、わたしが諸君と話し合うのは、それぞれの不十分な点を診断し矯正(きょうせい)しようというだけのことであり、もしそれがちゃんと改まってしまえば、私の言葉などもはや無用の長物でしかない」
(『伝習録』序 王陽明 溝口雄三訳)
上記の王陽明の言葉からも陽明学には教条主義が相容れないことをよく理解できると思います。正解を求めるのが人の常ですが、現実社会を生きる上で、唯一絶対の正解はなく、その状況に応じて自ら考え、自らが最適解を見出す必要があります。聖賢の教えはその助けになるものであり唯一絶対の正解ではありません。常に行動重視・実践重視で、現場の問題解決を重視するという姿勢の学び方が求められます。
・論語営業 その学び方について
君子は本を務む。本立ちて道生ず。(『論語』学而第一)
君子は根本のことに努力する、根本が定まってはじめて〔進むべき〕道もはっきりする。
(『論語』金谷治訳注 岩波文庫)
論語営業解釈:営業として優れた人物は根本のことに努力する。根本が固まれば道が明確になる。
私はこれまで30年に渡りBtoB営業に携わってきました。29歳で独立し、その後企業向けの研修会社を設立して現在に至りますが、社会人としてスタートを切った会社の上司が、私が論語営業を志向するきっかけを作ってくれました。
私が新卒で入社した株式会社ジェックは当時営業教育において国内トップクラスの実績を持っていました。私は東京本社で半年間の研修期間を経て、名古屋営業所に配属されました。営業教育で実績を持つ企業に入社することで自分自身を鍛えて営業プロフェッショナルになりたいという強い気持ちを私は持っていました。時代はまだバブルの余韻が残る時でしたが、「新卒は入社2年間は絶対服従」という採用のキャッチフレーズからしっかり鍛えてもらえる場であると感じ、強い魅力を感じ入社したことを覚えています。
当時、名古屋営業所所長葛西浩平氏(その後株式会社ジェック社長)に指導いただいたことがその後の私にとって大きな礎となりました。当時の私は業績を上げたい意欲は非常に高かったものの、その意欲が自分本位のものとなり、空回りばかりしていました。行動を強化しても数字が上がらず同期の中でも大きく遅れをとっていた私に粘り強く対話を重ねてくれたのが葛西氏でした。葛西氏の印象的な教えが「米粒大のお役立ち意識」でした。葛西氏の言葉はこのようなものでした。「安藤さんの売上げを上げたいという気持ちはよくわかる。ただそこに意識を集中するのではなく、人のお役に立ちたいという意識に集中してみてはどうか。安藤さんも意識をすれば、今は小さいが米粒大のお役立ち意識はあるはずだ、そのお役立ち意識を見つけ、そこに集中して、お客様にぶつけていったらどうか。お役立ち意識に集中すれば米粒大のものがだんだん大きくなってくるのを感じるはずだ。それを思いっきりお客様にぶつける、そこに集中して勝負したらどうか」この言葉が私にとって行動変革にきっかけになりました。
ジェックのかつてトップセールスだった所長の言葉です。この時から藁をもすがる想いで、この米粒大のお役立ち意識に集中し仕事をしました。営業の仕方も大きく変わりました。相手を説得し口説き落とすことを中心に考えるのではなく、現場を回り、相手が困っていることを理解し、相手の問題を解決するために何とかお役に立ちたいという思いをもとに提案をまとめ、ぶつけていきました。
その変化がやがて結果にも現れ、取引したいという顧客からの要望を受け取ることができてきました。その後数字にも現れ大口の取引先を数社開拓し、結果として3年目には同期でトップになることができました。この時の経験から、お役立ち意識の大切さを実践を通して体で学びました。このお役立ち意識こそが『論語』のもっとも重要な徳目である「仁」そのものであり論語営業を志向するスタートだったと思います。
安藤 雅旺 プロフィール

株式会社トランスエージェント 代表取締役
NPO法人日本交渉協会 代表理事
二松学舎大学大学院国際政治経済学研究科修士課程修了
立教大学大学院ビジネスデザイン研究科修士課程修了(経営管理学修士MBA)
株式会社ジェック(人材開発・組織開発コンサルティング業)での営業経験を経て独立。
2001年株式会社トランスエージェントを設立。
2006年上海に中国法人上海創志企業管理諮詢公司を設立。
「仁の循環・合一の実現」を理念に、マネジメント・イノベーション支援事業、
交渉力・協働力向上支援事業、BtoB営業・マーケティング支援事業を展開している。
主な論文・著書
「中国進出日系企業の産業財市場における顧客インターフェイスの研究」
Strategy for Managing Customer Interface taken by Japanese B to B Marketers in China
~Effective Business Activities in Developing Customer-Supplier Relationship in China~
(立教大学大学院MBAプログラム2011年度優秀論文賞受賞)
『心理戦に負けない極意(共著)』(PHP研究所 2009)
『中国に入っては中国式交渉術に従え!(共著)』(日刊工業新聞社 2013)
『交渉学ノススメ(監修)』(生産性出版 2017)
『論語営業のすすめ』 (生産性出版 2021)
『论语和营业人』 (今日出版 2025)
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