Vol 1. 中国格安ECから考える顧客が本当に欲しているものとは?
中国のEC市場は、規模と浸透率において世界トップクラスです。アリババや京東、拼多多(PDD)、TikTokの抖音など、世界的企業が激しい競争を繰り広げています。
この中で、最近、日本をはじめ海外でTemuを展開する拼多多(PDD)は低価格戦略により中国での経済力が低い田舎の消費者層を取り込むことに成功しました。
例えば、スマートフォン用の充電ケーブルが送料込みで0.78元(約16円)という驚くべき価格で販売されています。この商品は約960㎞離れた広東省から私の住む上海まで3日で無事に届きました。外箱はボロボロでしたが全く問題なく使えます。驚きの安さに改めて市場競争と分業体制による効率化の偉大さを感じます。
しかし、こうした1元(約20円)未満の格安商品が消える可能性がでてきました。
2024年3月1日から施行された「快递市场管理办法(速達市場管理法)」という新法令は、配送員が購入者の許可なく荷物を協力受取所(注)や宅配ロッカーに置くことを禁止しており、違反配送業者には罰金が科されます。顧客の了承を得てから配達場所を変更するのは日本では当然と考えられるかもしれません。しかし低価格を実現するためにサービスを犠牲にしていた中国の配送業界にとっては衝撃的です。
注:日本でのコンビニ受け取りのような協力企業
その背景には、配送員の給与が歩合制であるため、効率を最優先していた事情があります。彼らは、1日に500件以上の配達をこなすこともあり、事前連絡を徹底するとなれば、配達件数が大幅に減少し、収入にも影響が出るでしょう。 収入が減れば、配送員は退職してしまい、人材不足から、配送単価を上げないと運んでくれる人がいないという状況になります。最終的にEC店舗は上昇したコストを商品価格に転嫁せざるを得なくなります。現時点では、まだ1元未満の商品も並んでいるものの、原料高も相まって値上げ傾向にあります。
元々、法令が出されるくらい配送サービスへのクレームが多かったものの、多くの人は商品の品質に問題がなければ受け入れてきました。
高級品を扱う店舗は、追加コストを支払ってでも品質の高い配送業者を選んでいましたし、消費者も事前に配送業者を確認するのが習慣になっております。新法令により、消費者の一部は配送品質の向上を喜んでいますが、実際に商品の値上げを目の当たりにして、「配送品質が悪くても、安いほうがよかった」という声も出ています。
【この事例を日本でどう活かすか?】
品質は大事!ただ価格も大事!過剰品質になっていないか?
サービス品質と価格のトレードオフ
作り手側としては、どうしても品質で顧客から他社よりも高く評価されたいという気持ちになります。その気持ち自体は非常に大事なものの多くの場合、価格と品質はトレードオフの関係です。「他社と同じ価格で高品質」だけでなく「他社より品質は少し見劣りするが低価格」というのも、商品分野やターゲットによっては強い競争力になります。お客様の品質期待値を超えることにまい進すると同時に、受け入れられる最低ラインを見極め、そこまで品質を下げた場合、どれくらい安く販売できるのかもタブーとせずに考えてみてください。
消費者の価値観の変化を捉える
中国の消費者の一部は良い配送サービスに、よりお金を払うようになりました。このような消費者の価値観の変化は、徐々にですが常に起きています。消費者のニーズは多様ながらも方向性を感じることはできます。
過渡期において、現在の多数派のニーズだけに絞って商品・サービスを提供するだけでなくプレミアム価格帯の商品と低価格帯の商品・サービスをテスト展開するなど、常に変化する顧客に合わせて、自社も常に変化するという姿勢と行動をしていくことは中国企業から見習えることだと思います。
野村義樹 プロフィール
愛豊通信科技(上海)有限公司 副総経理
中国駐在員に人気のメルマガ「中カツ!通信」の配信者
1978年、東京生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。政府奨学金留学生として天津の南開大学に留学。日本帰国後コンサルティング会社に入社。台湾、深センの駐在を経て、カゴメ株式会社に転職し中国での食品事業、EC事業、食堂事業に携わる。その後、現職にてシニア向け事業の立ち上げ後、コールセンター、EC代理運営、BtoB営業支援を日系企業、欧米企業、中国企業向けに提供。
毎週、中国市場を面白く紹介する「中カツ!通信」を3,000名以上の登録者に配信。約20年に渡り中国の発展を見てきた経験と「現場」の情報は、記者やエコノミストも注目している。