BtoBマーケティング力を高める~STPとは
営業人.com代表 安藤 雅旺
BtoBマーケティング力を高める~STPとは
現在の営業人に求められる変革の方向性、目指すべき姿として、前回はCIB(Co-creative Interface Bulider)についてご紹介させていただきました。CIBとしての役割を果たすためには、顧客との直接的なやり取りをする力「商談力」向上のみに注力するのではなく、「BtoBマーティング力」の強化を図る必要があることをお伝えいたしました。
今回は「BtoBマーケティング力」の強化を図る第一歩として、最も重要な概念であるSTPについて紹介します。SはセグメンテーションSegmentation―市場細分化、TはターゲティングTargeting―標的市場の明確化、PはポジショニングPositioning―提供する価値の明確化になります。
BtoB営業において成果を出すためにはこの3つをしっかり固めておくことが重要です。
会社の戦略としてすでにSTPが定まっている場合もありますが、必ずしも明確でない場合や、新規開拓をする場合は、営業人が有効なSTPを構築して行動することが重要です。
私の経営・マーケティング学の師匠であり、BtoBマーケティングの日本の権威である笠原英一教授は著書『戦略的産業財マーケティング』(東洋経済新報社)の中で、STPを下記のように説明されています。
・マーケティング努力を傾注していく対象として選択した事業領域の中で、さらに積極的に働きかけるべき顧客企業の選択を行うことになる。これがセグメンテーション(市場細分化)とターゲティング(標的市場の明確化)である。
セグメンテーションについて
・セグメンテーションとは「市場全体の中で、同じような選好を示す顧客をグループ化するプロセス」と考えられる。(中略)むしろ同じ購買行動をとることにつながる共通性(特に、ニーズや購買決定要因に関するもの)を見つけ出して、それを基に、同じような潜 在顧客を集合させるプロセスといったほうが本質的には正しいと考える。
ターゲティングについて
・セグメンテーションを受けて、各セグメントの市場としての魅力度と自社の有する経営資源の適合度を基に、特定のセグメントを選択することになる。
ポジショニングについて
・ポジショニングとは、自社の提供するものがターゲット・セグメント顧客の意識の中で競合他社の提示している提供物との関係で、どのように位置づけられるかを明らかにすることである。
この3つをしっかりそろえるのは容易ではありません。なぜならばSTPは机上の空論ではなく営業活動の成否を左右する重要な実行戦略であるからです。逆にSTPをうまく構築できればその営業活動は半ば成功したと考えてもよいでしょう。
ここでは私自身の実践事例を紹介します。私は社会人となって以来、社会人向けの教育事業の仕事に30年以上携わってきました。29歳で独立し、自ら事業を立ち上げ今日に至りますが、さまざまな過程・試行錯誤を経て、教育事業のテーマを「交渉」に絞ることを意思決定しました。それ以来現在まで25年以上「交渉」を主テーマとして教育事業に取り組んでいますが、一番の成功要因は最初にIT業界の大手企業のPM・SEにターゲットを絞り込んだことです。
テーマが「交渉」であればターゲットは「営業」ではないかと思われるかもしれませんが、「営業」を対象にした教育市場は当時から競争が激しく、とても無名の企業が参入してライバル他社に勝てる自信はありませんでした。他方でIT業界のPM・SE教育の市場は技術教育が中心であり、当時はパーソナルスキル研修を実施している会社はすくなく教育会社も技術研修の会社が顔をそろえていました。ある意味コンペチター不在の状況でした。コンペチター不在の理由は「そこには市場がないから」ということであると考えられましたが、当時の私には手応えがありました。というのも当時システムの受託開発の現場では、PM・SEが顧客とのやり取りにおいて、顧客の要望を受けすぎて、工数が増えて採算が合わなくなるという「交渉」に関するトラブルが業界で問題になっていたからです。
システム開発に関する上流工程の交渉が失敗すれば、後々大きな赤字プロジェクトとなるリスクがあり、企業としても看過できません。PM・SEに関する「交渉力開発」に関する強い潜在ニーズを感じました。そこでIT業界に絞った交渉プログラムの開発を進めました。STPの設定は下記となります。
セグメンテーションSegmentation―市場細分化 |
IT業界 システム受託開発企業 業界大手企業IT業界 システム受託開発企業 業界大手企業 |
ターゲティングTargeting―標的市場の明確化 |
プロジェクトマネージャーおよびシステムエンジニア 当時のPM・SEの課題 ・相手の要望を受けすぎて工数が増えて採算が合わない ・社内外のステークホルダーとの合意形成が求められる役割でありながら、交渉やコミュニケーションに関する苦手意識が強く、避ける傾向 ・技術力重視でパーソナルスキルトレーニングが欠如 |
ポジショニングPositioning―提供する価値の明確化 |
IT業界に精通したプロフェッショナルが、業界特有の「交渉」に関する問題解決のサポートを 研修を通しておこなう。 ・ITエンジニアに特化したパーソナル研修 「講師がエンジニア出身者」「ケーススタディはシステム開発事例」 「IT技術者の課題であるコミュニケーション力の向上にフォーカス、ビデオ撮影、講師による個別アドバイス」 |
このSTPの組み立てが当時の標的市場にしっかりと刺さり、大手企業開拓につながりました。すぐにIT業界最大手企業との取引が決まり、IT業界の大手協会とも提携、その後は着実に取引先を中堅規模のIT企業まで拡大させていくことができました。すでに25年近くたち、現在の市場の状況はコンペチターも乱立する成熟市場となりましたが、いまでも当時のSTPが効いている部分があり、長年取引を継続していただいている会社が数多くあります。
以上が私の事例の紹介となります。この事例からも、営業人にとって戦略策定やBtoBマーケティング力を養うことの重要性がお分かりいただけたかと思います。単なる商談力を磨くだけでは(お役立ちの)戦に勝つことはできないのです。セールスパーソンとして、(いわゆる売り子として)自らの売り子としての力(商談力)を磨くだけの人は局地戦で勝利できても大局では大きく負ける可能性が高いのです。そのことを回避して勝利を収めるためには今後益々BtoBマーケティング力を高める必要があるといえます。
安藤 雅旺 プロフィール
株式会社トランスエージェント 代表取締役
NPO法人日本交渉協会 代表理事
二松学舎大学大学院国際政治経済学研究科修士課程修了
立教大学大学院ビジネスデザイン研究科修士課程修了(経営管理学修士MBA)
株式会社ジェック(人材開発・組織開発コンサルティング業)での営業経験を経て独立。
2001年株式会社トランスエージェントを設立。
2006年上海に中国法人上海創志企業管理諮詢公司を設立。
「仁の循環・合一の実現」を理念に、マネジメント・イノベーション支援事業、
交渉力・協働力向上支援事業、BtoB営業・マーケティング支援事業を展開している。
主な論文・著書
「中国進出日系企業の産業財市場における顧客インターフェイスの研究」
Strategy for Managing Customer Interface taken by Japanese B to B Marketers in China
~Effective Business Activities in Developing Customer-Supplier Relationship in China~
(立教大学大学院MBAプログラム2011年度優秀論文賞受賞)
『心理戦に負けない極意(共著)』(PHP研究所 2009)
『中国に入っては中国式交渉術に従え!(共著)』(日刊工業新聞社 2013)
『交渉学ノススメ(監修)』(生産性出版 2017)
『論語営業のすすめ』 (生産性出版 2021)
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