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営業力強化につながるマーケティング思考 ~中国市場から得る実践的なインサイト~

Vol.14 元受刑者を採用?!中国の超人気スーパーから学ぶ三方よしの戦略

最近の中国で小売業界の注目を一身に集めているスーパーがあります。河南省の地方都市に展開する「胖東来(Pang Dong Lai)」というチェーンです。たった14店舗しかないスーパーがメインの地方ショッピングセンターにもかかわらず、休日には遠方から観光バスでの買い物ツアーが組まれ、駐車場は1時間待ち。まるで観光地のような賑わいです。

中国のスーパー業界全体は苦戦しています。大手の永輝超市(Yong Hui Chao Shi)は2025年前半に売上が減少し、赤字に転落。半年間で227店舗を閉鎖しました。

一方、胖東来は2024年に売上150億元(約3,000億円)を突破し、全国スーパー売上ランキングで19位に急上昇。単店あたりの売上高では国内トップクラスです。

この成長の背景には、徹底した「顧客志向」と「従業員重視」があります。食べかけでも全額返金、映画は上映20分以内なら半額返金、クレームをしてきたお客様には報奨金(正当なものに限る)と顧客重視すぎるのではというルールがいくつもあります。対従業員では、理不尽なクレームを受けたら最大5,000元(約10万円)の「みじめだったで賞」を支給。従業員の平均月収も高く、店長クラスになると手取り8万元(約160万円)という厚遇に加え、「残業禁止、違反すれば罰金」といった独自ルールでワークライフバランスを保証しています。その結果、離職率は驚異の0.14%。従業員満足が顧客満足を生み、業績につながる好循環を形にしているのです。

そんな胖東来がさらに注目を集めたのが2025年8月の採用方針です。新規店舗900人の募集枠のうち、20%を新疆・チベットの退役軍人、2%を元受刑者に割り当てると発表。元受刑者の面接課題には「過去の反省」や「将来計画」が盛り込まれ、採用自体が社会復帰への支援になっています。創業者の于東来(Yu Donglai)氏の「人は変われる」という信念を企業文化に組み込んでいるのです。

また清掃や警備といった「誰でもできる」と思われがちな職種に対しては「25歳以下・大卒以上」という条件を設定。給与は河南省のホワイトカラーの相場を大きく上回る9,000元(約18万円)前後。企業側は「清掃や警備も専門性が必要。だからこそ高学歴人材を」と説明し、全職種を会社の顔に育てたい戦略を明確に打ち出しています。募集開始の日、一時サイトがダウンするほどアクセスが殺到し、45分で応募上限枠が埋まりました。この話題が大きくニュースで取り上げられ、『一度も行ったことがないけど、いつかは行ってみたい』と思う胖東来のファン層が増えているのです。

ここから、日本のBtoB営業人が学べるポイントは大きく3つあります。

【日本のBtoB営業人にとっての洞察】

  1. 「三方よし」を営業現場に落とし込む

    胖東来の仕組みは、まさに近江商人の「売り手よし・買い手よし・世間よし」。社員を守り、顧客に安心を提供し、社会に機会をつくりながら企業自身も利益を伸ばしています。営業活動でも「自社の利益」だけでなく、「顧客の成功」と「業界や社会への貢献」という三方よしを意識することで、結果として商談の質を高め、長期的な取引につながります。
  2. 従業員満足が顧客満足につながる

    三方のどこから手を付けるか迷った時は、従業員満足から着手するのがよいと思います。

    特に昨今の人材不足の中で、営業部門では「人材が育たない」「すぐ辞める」という悩みを抱えています。胖東来は従業員の待遇だけでなく心理的安全性を最優先にしたからこそ、離職率0.14%を実現しました。営業チームでも単にベースとなる給与や福利を競合会社より上げるというだけでなく「成果を出したメンバーに報いる」「理不尽なクレームから守る」といった仕組みを明確に打ち出すことが、メンバーの定着と顧客への安定したサービス提供につながります。
  3. 採用・育成は“純度”を意識する

    一方で全てが成果主義で、「売る営業パーソンは何をしても許される」という状況は望ましくありません。胖東来は企業文化の純度を高めるため、清掃員、警備員も経験の少ない若者を採用しようとしています。日本の営業現場でも、経験豊富な即戦力の人材だけに頼るのではなく、文化に合った新人を育てていく視点が必要です。会社の価値観に共鳴できるかどうか。これはBtoBの顧客との関係づくりにも通じ、価値観の共有は長期的な顧客との信頼関係の土台ともなります。

    終身雇用が当たり前でなくなった今だからこそ、BtoB営業の現場でも「人を大事にする」ことが、実は強力な差別化戦略になるのではないでしょうか。

野村義樹 プロフィール

愛豊通信科技(上海)有限公司 副総経理
中国駐在員に人気のメルマガ「中カツ!通信」の配信者


1978年、東京生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。政府奨学金留学生として天津の南開大学に留学。日本帰国後コンサルティング会社に入社。台湾、深センの駐在を経て、カゴメ株式会社に転職し中国での食品事業、EC事業、食堂事業に携わる。その後、現職にてシニア向け事業の立ち上げ後、コールセンター、EC代理運営、BtoB営業支援を日系企業、欧米企業、中国企業向けに提供。

毎週、中国市場を面白く紹介する「中カツ!通信」を3,000名以上の登録者に配信。約20年に渡り中国の発展を見てきた経験と「現場」の情報は、記者やエコノミストも注目している。

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