論語営業の哲学 成長促進の糧~論語営業のすすめ⑨

営業人.com代表 安藤 雅旺
論語営業の哲学 成長促進の糧~論語営業のすすめ⑨
・論語営業の哲学 (③成長促進の糧 陽明学・事上磨錬)
三つ目は事上磨錬です。事上磨錬とは事上に自己を磨くこと、日常生活や仕事において、修練することを指します。自己成長のためには本を読むことも重要ですが、同時に日々の生活や仕事を通して自身を磨くことが大切であるという考え方です。行動重視、実践重視の思想になります。伝習録には下記の件があります。
久しく先生の学を聴講していた官吏がいった。「この学はすばらしいけれど、何しろわたしは、文書や訴訟の事務などに追いまわされて、とても学問をしている暇がありません」先生がこれを聞いていう、「わたしが、それらの仕事を離れて何もない中空に学を求めよ、と教えたことが、いったいあったかな。きみが官務についている以上、学はその官務に即してすすめられるべきで、それでこそはじめて真の格物といえる。たとえば、事件を審理する場合、相手の応対が無礼だからといって腹を立ててはならず、相手の言葉に如才がないからといって、いい気分にのせられたりしてはならない。相手が自分以外の第三者に依頼しているのを根に持って、故意に意地悪をしてはならず、相手の懇願にまけて、意をまげてそれに従ってもならない。自分の仕事が多忙だからといって、勝手に手をぬいてはならず、周囲が讒謗(ざんぼう)をあびせて罪に免れようとしているからといって、それにまきこまれてはならない。これらさまざまな思惑(おもわく)は、すべて『私』からでるもので、ただ君自身にしかわからないものであるから、精細に省察を加え自己の陶冶(とうや)につとめなければならない。自分の心にいささかの偏りもなく、それによって是非を枉(ま)げることのないようにと注意をはらう、それこそが格物であり致知である。文書・訴訟事務におけるすべてがそのまま実学なのであり、それから具体的な事例を離れて学をもとようとするなどは、かえって『空』に執着するものではないか。
(『伝習録』下巻 王陽明 溝口雄三訳)
これを営業に当てはめて考えると、新規顧客開拓をするための活動や深耕開拓をするための活動、社内や外部パートナーとのやりとりなどすべての活動が自己を磨き上げる糧に なるということです。
これらを事上磨錬にするために重要なことは仮説を立てて仕事をすること、問題意識を常に持って仕事をすることにあると思います。なぜなら仮説や問題意識を持って仕事に取り組めば、結果についてしっかりと内省することができます。そのため自身の課題が明確化され、行動変革につなげることができます。
何も考えずに問題意識を持たずただ淡々と仕事をしていれば、自己の課題にも気が付かないため、事上磨錬にはつながりません。
内省に関する論語の章句は有名な件があります。
曽子の曰く、吾日に吾が身を三省す。人のために諮りて忠ならざるか朋友と交わりて信ならざるか習わざるを伝うるか。(『論語』学而第一)
曽子がいった。わたしは毎日何度もわが身について反省する。人のために考えてあげてまごころからできなかったのではないか。友だちと交際して誠実でなかったのではないか。よくおさらいをしないことを[受けうりで]人に教えたのではないかと。(『論語』金谷治訳注 岩波文庫)
論語営業解釈:
曽子が言った。私は毎日何度も自分自身を反省する。営業として顧客のお役立ちを第一に考えて行動できただろうか、また仕事の関係者パートナ―に対して誠実であっただろうか、よく理解できていないことを受け売りで人に教えたりしなかっただろうか。
内省を効果的にするためには、仮説をもとに自分自身を省みることが重要で、質の高い問いを常に自身に向けることが大切です。
また、自己成長を促進させるために重要なことは机上にあるのではなく、体験・実践の中にあるという点です。実践は苦痛を伴います。なぜならば、失敗がつきものであるからです。恥ずかしい気持ちや悔しい思い、様々な感情が体験を通して生まれます。こうしたことを経験することが自己成長の源泉であり、事上磨錬には重要だと思います。
私自身でいえば特徴的な経験としてはこれまですべて顧客開拓は新規でゼロから行ってきました。新規開拓という困難な状況を乗り越えてきた経験は今でも自分を支えています。その経験が断られても断られても進み続ける。お役に立てる点が必ずあるという信念をもとに前進し続ける自分を作ってきました。こうした活動が私自身の事上磨錬につながったのです。
安藤 雅旺 プロフィール

株式会社トランスエージェント 代表取締役
NPO法人日本交渉協会 代表理事
二松学舎大学大学院国際政治経済学研究科修士課程修了
立教大学大学院ビジネスデザイン研究科修士課程修了(経営管理学修士MBA)
株式会社ジェック(人材開発・組織開発コンサルティング業)での営業経験を経て独立。
2001年株式会社トランスエージェントを設立。
2006年上海に中国法人上海創志企業管理諮詢公司を設立。
「仁の循環・合一の実現」を理念に、マネジメント・イノベーション支援事業、
交渉力・協働力向上支援事業、BtoB営業・マーケティング支援事業を展開している。
主な論文・著書
「中国進出日系企業の産業財市場における顧客インターフェイスの研究」
Strategy for Managing Customer Interface taken by Japanese B to B Marketers in China
~Effective Business Activities in Developing Customer-Supplier Relationship in China~
(立教大学大学院MBAプログラム2011年度優秀論文賞受賞)
『心理戦に負けない極意(共著)』(PHP研究所 2009)
『中国に入っては中国式交渉術に従え!(共著)』(日刊工業新聞社 2013)
『交渉学ノススメ(監修)』(生産性出版 2017)
『論語営業のすすめ』 (生産性出版 2021)
『论语和营业人』 (今日出版 2025)
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