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営業力強化につながるマーケティング思考 ~中国市場から得る実践的なインサイト~

Vol.11 消費者の4割が「百貨店に3か月行っていない」理由

「最近、百貨店に行かれたのはいつですか?」

こう聞かれたら、皆さんはどう答えますか?ネットショッピングが普及した日本でも、百貨店に行く機会は減っているのではないでしょうか。

今回は、日本よりもさらに進んだ「買い物の変化」が起きている中国の事例をご紹介します。営業パーソンとして、市場や顧客の行動変化を先読みするヒントになるかもしれません。

私は上海に住み、市場調査のため百貨店やスーパーに頻繁に訪れますが、最近目につくのは店内のデリバリードライバーの多さです。土曜の昼にマクドナルドを覗いてみると、なんと客の約3分の1がデリバリーの配達員。スーパーでも同様の状況が広がっています。

中国の調査レポート『到店零售3.0趋势洞察报告(来店型小売3.0トレンドインサイトレポート)』によると、回答者の実に41%が「3か月以上百貨店に行っていない」と答えています。さらに、スーパーなどの小売企業でも6割近くが「来店客の減少」を実感している状況です。

しかし、これは中国の消費者が「物を買わなくなった」という意味ではありません。「人が買い物に行く」から、「買った物が人のところに届く」という新しい消費スタイルへと、急速に変化しているのです。

■進化する即時配送:中国式「今すぐ来る」ライフスタイル

フードデリバリー市場は、中国ではすでに生活インフラの一部となっています。現在、中国全土で約1,000万人のデリバリードライバーが稼働しており、地方都市においても毎年40%以上の高い成長率を記録しています。

■美団(Meituan)・饿了么(ele.me)の二強体制に、京東(JD.com)が挑戦!

この市場をリードしているのは、「美団(Meituan/以下、美団)」とアリババ系の「饿了么(Ele.me/以下、饿了么)」という二大プラットフォームです。そこに今年、新たにEC大手の京東(JD.com/以下、京東)が本格的に参入しました。

後発である京東は、先行する2社を追い上げるべく、「飲食店開拓」「ドライバー開拓」「新規ユーザー開拓」という3つの戦略を並行して展開しています。これらの取り組みには、日本市場においても参考になる点が多く含まれています。

【飲食店開拓】
飲食店パートナーの拡大に向けて、京東はプラットフォーム手数料を一定期間免除する施策を打ち出しました。これにより、飲食店側は他のプラットフォーム経由の注文よりも利益が残りやすく、「京東にも登録しておこう」という動機づけが生まれています。

その結果、2025年2月に開始されたデリバリー事業は、わずか3か月後の4月末時点で、全国142都市・45万店舗以上の参画を実現する急成長を遂げました。

【ドライバー開拓】
料理を提供する店舗があっても、それを届けるドライバーがいなければ、デリバリービジネスは成り立ちません。そこで京東は、他プラットフォームからのドライバー獲得を視野に入れ、業界慣行に真っ向から対抗しています。

たとえば、従来の「二者択一(競合の仕事を受けると自社案件を回さない)」といった独占的な取引慣行に対し、京東はドライバーの掛け持ちを歓迎。さらに、掛け持ちによって競合からの依頼が減った場合には、京東側が優先的に案件を割り振る方針を打ち出しています。

加えて、専属ドライバーに対しては年金や医療保険を含む社会保障付きの正社員雇用を実施。配偶者も積極的に採用する「共働き支援策」も導入しています。さらに、社長自らが現場で配達を体験し、待遇改善の姿勢をアピールするなど、「ドライバー重視」の取り組みが注目を集めています。

【新規ユーザー獲得】
提携する店舗やドライバーの体制が整ったあとは、新規ユーザーの獲得フェーズへと移行します。京東は提携店舗を一気に増やすことが難しい現状を踏まえ、「他プラットフォームでの評価が高い」「デリバリー専業ではなく実店舗を有している」など、一定の品質基準を設けたうえで、信頼性の高い店舗に絞って展開する“品質重視”のブランディングを行っています。

この方針のもと、初回割引や大学生向け特典など、ターゲット別のプロモーション施策も並行して展開されています。

中でも大きな効果を上げたのが、「配達予測時間から20分以上遅れた場合は無料」というキャンペーンです。実際に昼時の注文が集中し、大量の遅延が発生しましたが、その際は無料対応に加え、次回使用できる割引券の配布や謝罪の電話連絡まで実施。対応の丁寧さがユーザーから高く評価されました。

もともと京東は、EC領域において物流のスピードと品質で定評のある企業です。このキャンペーンでは、いわば“フリーランチ”を受け取ったユーザーが好意的な感想をSNSで発信したり、社内で話題にしたことから、「自分も無料になるかも」と考えた人が次々と新規登録する現象が起きました。意図したものではないにせよ、非常に強力な口コミ効果を生んだ好例と言えるでしょう。

■饿了么は大規模な補助金キャンペーンで対抗

この新たなライバルの登場に対し、シェア1位の美団、2位の饿了么は、ユーザー向けの割引キャンペーンで正面から対抗しています。特にアリババグループは、2025年4月に「饿补超百亿(訳:饿了么補助金100億元超)」と題した、総額100億元(約2,000億円)規模の大規模な補助金キャンペーンを開始しました。対象は飲食だけでなく、スーパーや医薬品など多岐にわたり、即時配達の需要を一気に取り込もうとする動きです。

各プラットフォームが利益を度外視したプロモーション合戦を展開する中、飲食店や消費者にとっては一時的な“ボーナスタイム”となっています。

■整備されたインフラが変えた消費者マインド

数年前であれば、「出前にお金を払うのはもったいない」と感じていた消費者も、今では「わざわざ食べに行くのは手間」「買ったものを持ち帰るのも面倒」といった心理が広がりつつあります。その結果、追加料金を払ってでもデリバリーを利用したいと考える層が、確実に増えてきています。

実際、我が家でも娘に「隣の部屋から飲み物を取ってきて」と頼んだところ、「それって有料?」と聞き返されるほど、配達文化が日常に溶け込んでいます。

もはや、現在の中国都市部で『はじめてのおつかい』のような番組を制作するなら、物を選んで迷わず届ける役割は“ドライバー”が担い、子どもはスマホで注文・決済ボタンを押すだけ。それが“おつかい”と呼ばれる時代が現実味を帯びてきました。

一方で、子どもがスマホで注文する際には、個数に「0」を1つ多く入力してしまわないか――親としては、別の意味でハラハラする時代になってきたとも言えるでしょう。


野村義樹 プロフィール

愛豊通信科技(上海)有限公司 副総経理
中国駐在員に人気のメルマガ「中カツ!通信」の配信者


1978年、東京生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。政府奨学金留学生として天津の南開大学に留学。日本帰国後コンサルティング会社に入社。台湾、深センの駐在を経て、カゴメ株式会社に転職し中国での食品事業、EC事業、食堂事業に携わる。その後、現職にてシニア向け事業の立ち上げ後、コールセンター、EC代理運営、BtoB営業支援を日系企業、欧米企業、中国企業向けに提供。

毎週、中国市場を面白く紹介する「中カツ!通信」を3,000名以上の登録者に配信。約20年に渡り中国の発展を見てきた経験と「現場」の情報は、記者やエコノミストも注目している。

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