Vol.16 AIに選ばれる時代における営業人の差別化戦略
現在のビジネス環境において、AIはかなり身近なものになりました。以前のVol.5では、中国で急速に普及するAI面接の事例を通じて、「人が判断する前に、AIが選別する時代」が始まりつつあることを紹介しました。
本稿ではその延長として、営業の現場では何が起きているのか、そしてAI時代に営業人は何を磨くべきなのかを、中国の事例を手がかりに整理していきます。
【営業アプローチの増加と最適化】
中国IT大手の騰訊(Tencent)は、AI技術を活用した「AI顧客管理システム」を開発し、BtoB営業の現場で活用しています。このシステムは、顧客情報や、日々のコミュニケーション履歴をAIが分析し、顧客のニーズや購買意向を予測し、営業パーソンに対して最適な営業タイミングや提案内容を提示し、営業活動の成功率を向上させます。
日本でもマーケティングや営業活動に使えるAIソリューションは増えています。少人数であっても、AIを活用して広告や提案書を数多く生成することで、営業のスピードが大きくあがっています。
一方で買う側の購買担当にとっては、今まで以上の提案を受けることになり時間が足りなくなってしまいます。
これらの事例が示しているのは、AIが営業活動を「支援するツール」にとどまらず、商談前の判断そのものを担い始めているということです。
【購買プロセスを最適化するAIの登場】
中国の大手電子商取引プラットフォーム京東(JD.com)が提供するBtoB購買サービス「京東企業購」は、AI技術を活用した「AIスマート購買アシスタント」を導入し、購買プロセスを大幅に簡素化しています。
需要予測:
AIアシスタントは、購買担当者の購買履歴、検索行動、企業の業務特性などのデータを分析し、将来の購買需要を予測します。これにより、購買担当者は事前に必要な商品やサービスを把握し、準備することができます。
商品絞り込み:
購買担当者が入力した条件(例:価格帯、品質要求、配送時間等)に基づいて、AIが自動的に最適な商品を絞り込みます。購買担当者は、膨大な商品リストから1つ1つ見る必要なく、AIが選び出した商品の中から選ぶことができます。
提案生成:
AIは担当者の購買履歴や市場動向に基づいて、個別化した購買提案を生成します。これらの提案は、購買担当者にとって最も有用でコスト効率の良いものを含んでおり、購買意思決定をを迅速化します。
事例:
製造業の企業が、新しい生産ラインの設備購入を計画していました。購買担当者は、AIアシスタントに、設備の種類、予算、性能要求等を入力します。AIアシスタントは、これらの条件に基づいて、最適な設備リストを自動的に生成し、購買担当者に提示。購買担当者は、AIが絞り込んだ設備リストの中から、最も適したものを選び、購入手続きを進めることにより、大量の時間と労力を節約し、迅速かつ正確な購買決策を行うことが可能となりました。
つまり、営業側だけでなく、購買側でもAIによる一次判断が進み、「人が比較・検討する前」に候補が絞り込まれる構造が生まれつつあります。
【BtoB営業人にとってのインサイト】
AIに「選ばれる理由」を可視化する。
中国のAI活用事例を見ると、日本でも近い将来、同様の変化が起きる可能性は十分にあります。これまで一般的だった「挨拶がてら訪問し、ニーズを把握し、提案する」という営業スタイルは、徐々に機会が減っていくかもしれません。
「人に選んでもらう前に、まずAIに評価される」という構造が広がる中では、自社の商品やサービスについて、
• どのような状況で
• どのような課題に対して
• 競合と比べて
• どの点が優れているのか
を、実際の事例とともに、検索可能な場所で明確に示しておくことが重要になります。
現時点では、AIによる情報収集の多くはテキストが中心です。
そのため、人間目線ではデザインが簡素に見えたとしても、テキストとして整理され、読み取りやすい形で情報を公開しておくことが有効だと言えるでしょう。
AIの強み“だけ”で勝負しない。
AIに評価され、候補として選ばれた後には、最終的に「人間に選ばれる」必要があります。その局面で重要になるのが、AIでは代替しにくい「人間ならでは」の差別化です。例えば提案書の作成においては、AIと協働することで、一定水準以上の資料を効率的に作ることが可能になっています。一方でそれだけではなく次のようなことが必要になってきます。
1、役者になろう
ただ、現場での顧客に対してプレゼンテーションを行う場面においては、その提案書は「脚本」に過ぎません。同じ脚本であっても、演じる役者が違えば、伝わり方や印象は大きく変わります。
提案書の内容を十分に活かすためには、営業自身の伝える力が欠かせません。単に提案書の内容を読み上げるだけであれば、AIでも十分に対応できます。身振りや表情、間の取り方といった非言語的な要素も含めて伝えることで、提案書以上の価値を相手に届けることができます。こうした「伝える力」を磨く手段として、ロールプレイングは有効です。最近では、ChatGPTの音声入力機能を使って、ロールプレイの相手として活用する事例も見られます。これにより、言い回しを含めたセリフの練習ができ、伝える力の底上げにつながります。
2、飲みニケーションの再評価
「飲みニケーション」に対して、ネガティブな印象を持つ営業パーソンも少なくないでしょう。オンライン会議やAI隆盛の時代だからこそ、対面での関係構築の価値が相対的に高まっているとも言えます。
共に食事をする行為は、人間の社会行動の中で本能的で重要な役割を果たしています。研究によると、食事を共にすることは親密感や一体感を増進させ、相手に対する好感度を高める効果があるとされています。そもそも好感度が上がれば、公開されていない有用な情報を得られる可能性も高まります。また提案時点で競合商品と品質や価格で圧倒的な差別化が難しい場合であっても、人間の意思決定は、AIほど常に客観的・理性的とは限りません。そのため、好感度や信頼感が重要な差別化要素になる場面もあります。
ロールプレイで磨いた表現力や傾聴力は、こうした食事の場でも活かすことができ、より良い印象づくりにつながります。
現在は、インターネットを使わない企業がないように、今後は、多くの企業にとって「AIを使わないで勝つ」という選択肢は現実的ではなくなっていくでしょう。
AIの動向を冷静に見極めつつ、その力をうまく活用しながら、営業人としての差別化ポイントを磨いていくことが求められています。
野村義樹 プロフィール

愛豊通信科技(上海)有限公司 副総経理
中国駐在員に人気のメルマガ「中カツ!通信」の配信者
1978年、東京生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。政府奨学金留学生として天津の南開大学に留学。日本帰国後コンサルティング会社に入社。台湾、深センの駐在を経て、カゴメ株式会社に転職し中国での食品事業、EC事業、食堂事業に携わる。その後、現職にてシニア向け事業の立ち上げ後、コールセンター、EC代理運営、BtoB営業支援を日系企業、欧米企業、中国企業向けに提供。
毎週、中国市場を面白く紹介する「中カツ!通信」を3,000名以上の登録者に配信。約20年に渡り中国の発展を見てきた経験と「現場」の情報は、記者やエコノミストも注目している。





