Vol.28 「問題」と「課題」 について
本コラムは営業経験が2年から5年程度のB to B営業パーソンを対象としています。時代とともに営業のやり方は変化しますが、営業の本質である「量×質」という成功法則は不変です。ここでは、営業力強化につながるパーソナルスキルについてお伝えします。
前回は、「ニーズ」についてお伝えしましたが、今回は「ニーズ」に関連する「問題」と「課題」についてお伝えします。
皆さんは、上司や先輩から常に「顧客の課題を掴め!」といった指導を受けているとことも多いのではないでしょうか。それに対して、次のようなことはありませんか?
「商談中、顧客が様々な発言をしてくれるのだが、何が問題で、どう課題設定すればよいかわからない」
このような状況を乗り越えるためのカギが、「問題」と「課題」を理解することにあります。今回は「問題」と「課題」の違いと、その対応方法について解説します。
「問題」と「課題」について、基本的な構造から理解をする
まずは、「問題」と「課題」の定義についてお伝えをします。
- 問題
現状(As Is)と理想(To Be)のギャップのことであり、このギャップは複数の具体的な要素に分けることができます。その要素のことを「問題点」といいます。 - 課題
現状と理想のギャップを埋めるために取り組むべき、最も重要な事柄のことです。課題は、解決の優先順位が高い問題点を抽出し、現実的かつ実行可能な形で具体化したものです。
この定義を理解したうえで、営業が商談を通じて顧客から掴むべき情報の構造は下記となります。この基本的な構造を理解しておくことがとても重要です。
例えば、下記のようなプロセスで課題を設定します。
顧客との商談で、「売上目標に対する未達が数年間続いている」という現状を聞いたとします。これが「問題」に該当します。この問題の要因として、①新規顧客獲得ができていない、②客単価の減少、③既存顧客のリピート率の減少、の3つが挙げられる場合、それぞれが「問題点」となります。問題点を整理した上で、最も重要かつ優先度が高い要素を「課題」として設定します。例えば、「新規顧客獲得ができていない」が課題として選ばれる場合、この課題に対して現実的に取り組める解決策を設定します。
課題設定は、顧客との対話を通じて顧客にとっての重要度、優先順位などを考え、より具体的で実現可能なアクションプランにつなげることが重要です。
現状を正しく把握することの難しさ
筆者は、先ほどのセクションで述べた営業が掴むべき情報の構造の中で、最も掴むことが難しいことは、「現状」であると考えています。
また、正しく把握することが難しい要因として、下記のことが挙げられます。
顧客側の要因
- 顧客の問題意識によって現状認識が狭小化される
顧客自身が問題意識を過剰に持つ部分や、特定の領域に集中しすぎることで、全体感が欠如することがあります。これにより、営業パーソンが部分的な情報を全体像と誤解してしまうことがあります。
- 役職をはじめとした立場によって視点が違うため
顧客内の役職や部門の違いにより、全体感を営業パーソンへ共有できない場合があります。現場担当者は業務の細部に詳しいものの、全体像を把握していない一方、管理者や経営層は全体を俯瞰する視点は持っていても、現場の細かい実態を把握していないことが多くあります。
- 顧客が自社の全体像を言語化するのには限界があるため
顧客が自社の状況を営業パーソンに正確に伝えられるとは限りません。特に、業務における社内用語や独自の言い回しは、営業パーソンとの間で認識のズレを生じさせる原因になります。
営業側の要因
- 営業パーソンが顧客から十分に信頼されていない
商談初期では、営業パーソンが顧客の信頼を十分に得られていないケースがほとんどです。そのため、顧客は重要な情報を外部に開示することを躊躇します。特に商談初期では、顧客が慎重になる傾向があり、信頼構築が進まないと十分な情報を引き出すことができません。
- 営業パーソンの専門知識が不足
営業パーソンが顧客の業界特性や業務プロセスについて十分な理解を持たない場合、深掘りする質問ができなくなります。例えば、顧客の業務フローや課題に対する適切な仮説を立てられないと、顧客の話に引きずられたり、重要な情報を見逃したりする可能性があります。その結果、顧客の現状を正しく把握できなくなることがあります。
- 営業パーソンの理解が曖昧なところを解決せずに商談を進めてしまうため
商談の流れを崩したり、顧客からの評価が下がったりすることを恐れ、営業パーソン自身が理解できていないことをそのままにしてしまうことがあります。この結果、重要な情報を聞き逃したり、誤解したまま商談を進めたりするリスクが生じます。これにより、収集した情報が断片的で曖昧になり、問題や課題を明確にする妨げになります。
事例研究:顧客の問題意識によって、全体像が狭小化したケース
事例概要
■ 設備を販売する日本企業の中国現地法人から、「チャット履歴を営業システム内に保存したい」と相談を受けた。
■ 同社では、アフターサービスで顧客とSNSのチャットツールを利用してコミュニケーションを取っているが、そのやりとりを管理者と日本本社へ報告する仕組みがなく、管理者と日本本社は何が起こっているのか把握できていなかった。
経緯
商談では、アフターサービスの担当者がチャットツールをどのように活用しているのかを中心に話が進みました。また、商談相手の現地法人社長からは、「アフターサービスの仕事はチャットがほとんどだ」と説明があり、チャットログツールの提案を依頼されました。
しかし、チャットログは情報共有には適しておらず、実用的な課題解決にはつながりにくいため、チャットログを提案するべきではないと考えました。
そこで、現状の業務全体像を正確に把握し、真の課題を特定する必要があると考え、当初の提案を見直す決断をしました。
商談ではプロセスマッピングを活用してヒアリングを実施
プロセスマッピングを活用して、業務全体の流れを可視化しました。プロセスマッピングとは、業務の一連の流れを図式化し、誰がどのタイミングで何を行っているのかを可視化する手法です。この手法により、次のような事実が明らかになりました。
• チャットツールは初期対応やソフトウェアアップデート対応に活用される。
• 現地での設備メンテナンスや修理対応ではサービス完了報告書の提出が義務付けられている。
• アフターサービスの情報(①納入実績リスト、②サービス完了報告書、③顧客からの連絡履歴)が統一管理されていない。
• チャット対応部分はブラックボックス化しており、他の重要情報との統合が課題である。
現状が可視化された後は、地に足の着いた議論が可能になり、顧客と合意の上で実現可能な課題を設定することができました。この一連の流れを通して、顧客自身が、チャットログに過剰にこだわりすぎていたことを認識し、情報管理の抜本的な見直しが必要だと気づきました。
このケースを通じた教訓
このケースでは、顧客の問題意識が一部に集中し、全体像を見失うリスクが明らかになりました。営業パーソンは、顧客の言葉を鵜呑みにせず、業務全体の流れを把握する努力を怠らないことが重要です。また、プロセスマッピングを活用し、現状を可視化することで、顧客と共に真の課題を発見し、現実的な解決策を設定できることができました。
現状を正確に把握するために必要な3つのポイント
- 事前準備の重要性
- 商談前に、外部情報から顧客の業務について仮説を立てることが必要です。たとえば、業界ニュースや競合分析を活用して、顧客の課題の可能性を事前に想定しておくと、商談中に適切な質問がしやすくなります。 - 「自分が理解できていないこと」を言う勇気
- 顧客が商談中に企業内専門用語を使った場合、「一般常識かもしれないし、聞くと恥をかくかも」と考え、分からないことを曖昧にして進めてしまうことがあります。恐れずにわからない部分を正直に聞くことが現状把握の精度を高めることにつながります。 - 経験の重要性
- 多くの商談や事例を通じて、現場の多様性やパターンを理解する力を培うことが必要です。最初はわからなかったことも、経験の蓄積によって、仮説構築や深掘りの精度を向上することができます。
今回は「問題」と「課題」についてお伝えしました。商談を通じて顧客と共に課題を設定することは受注のために必要なことです。その中でも、現状を正確に把握することは難しいことですが、今回お伝えしたことを実践することでその精度を高めることが可能となります。ぜひ実践してみてください。
筧 裕介 プロフィール
トランスエージェント上海 総経理
愛知県出身 信州大学卒業
大学卒業後役者となるため劇団ひまわりに入所。
その後は舞台を中心にドラマ、レポーター、イベントMCなど多岐にわたって活動をする。
09年トランスエージェントに参画し、同年7月末に上海赴任。
10年には営業人材適性診断「王牌」や営業人材向け勉強会「王牌商道会」を立ち上げ、中国日系企業の営業人材の採用・育成のサポートを開始する。
2014年に総経理に就任し、現在は産業材市場に特化したウェブマーケティング支援及び営業組織管理支援(SFA導入)まで事業領域を拡大し、中国進出日系企業に対してB to B営業・マーケティング支援事業を展開している。