Vol.35 6つの心理的抵抗と準備力への応用
本コラムは営業経験が2年から5年程度のB to B営業パーソンを対象としています。時代とともに営業のやり方は変化しますが、営業の本質である「量×質」という成功法則は不変です。ここでは、営業力強化につながるパーソナルスキルについてお伝えします。
顧客はなぜ、良い提案にも抵抗するのか
営業活動では、顧客にとって良い提案をしているはずなのに、案件や営業プロセスがなかなか前に進まないことがあります。
「今は必要ないです」
「費用対効果が見えにくいです」
「現場が使いこなせるか不安です」
このような反応を受けたとき、顧客の言葉をそのまま受け止めてしまう営業パーソンもいます。
「今は必要ないと言われたから仕方がない」
「予算がないと言われたので今回は難しい」
「現場の抵抗があるから進めるのは難しい」
もちろん、顧客側の事情によって案件が進まないことはあります。しかし、顧客の反応を表面的に受け止めるだけでは、次の営業行動に活かすことができません。
そこで営業パーソンが努力できることの一つとして、顧客の言葉の背景にある心理的抵抗を捉えることが挙げられます。
今回は、新しいシリーズの入口として、顧客が営業プロセスの中で抱える「6つの心理的抵抗」について考えます。
顧客は営業パーソンとの対話において、心の中で判断している
営業パーソンの皆さんは、商談前の準備の重要性を理解していると思います。顧客情報を調べる、自社商品の特徴を整理する、提案資料を作成する、想定質問への回答を用意する。どれも大切な準備です。
しかし、「どのような観点で準備すればよいのか」が曖昧なまま準備を進めている方もいらっしゃるのではないでしょうか。
その結果、自社が伝えたいことを整理する準備に偏り、顧客が営業プロセスのどの段階で抵抗を感じるのかを想定できていないことがあります。
顧客は、営業との対話や提案をただ受け取っているわけではありません。その中で、心の中でさまざまな判断をしています。
「この営業は信用できるのか」
「この課題解決は本当に必要なのか」
「この提案は自社に合っているのか」
「投資に見合う効果はあるのか」
「今すぐ取り組むべきなのか」
「社内の関係者は納得するのか」
これらの心理的抵抗を下げないまま説明や提案を重ねても、案件や営業プロセスは前に進みにくくなります。
顧客の心理的抵抗は6つに整理できる
顧客の心理的抵抗は、大きく6つに整理することができます。
①信用性の抵抗
「この営業は信用できるのか?」という抵抗です。顧客は、営業が自社のことを理解して話しているのか、本当に相談してよい相手なのかを見ています。
②必要性の抵抗
「この課題解決は本当に必要なのか?」という抵抗です。顧客自身が必要性を感じていなければ、どれだけ良い提案でも商談は前に進みません。
③適切性の抵抗
「この提案内容は当社にふさわしいのか?」という抵抗です。顧客は、提案が一般論として良いかどうかではなく、自社の状況に合っているかを見ています。
④効果性の抵抗
「この提案は投資に見合うのか?」という抵抗です。導入によって何が変わるのか、費用に対して十分な効果があるのかを顧客は確認しています。
⑤緊急性の抵抗
「この提案は今導入すべきなのか?」という抵抗です。必要性や効果を理解していても、今すぐ取り組む理由がなければ提案は先送りされます。
⑥社内の抵抗
「この提案を現場や関係者が納得するのか?」という抵抗です。目の前の担当者が前向きでも、社内の関係者が同じ温度感とは限りません。
心理的抵抗を知ることは、準備力と対応力の両方につながる
6つの心理的抵抗を知る価値は、商談前の準備だけに限りません。
商談中に顧客が発した言葉を聞いたとき、「これは必要性の抵抗なのか」、「効果性の抵抗なのか」、「社内の抵抗なのか」と捉えることで、その場の対応を変えることにもつながります。
たとえば、顧客から「今は必要ないです」と言われたとします。
この言葉をそのまま受け止めると、「必要ないと言われたので今回は難しい」と考えてしまいます。しかし、心理的抵抗の視点で捉えると、「必要性の抵抗が下がっていないのではないか」と考えることができます。
そうすると、次に考えるべきことが変わります。
「顧客は本当に必要性を感じていないのか」
「どのような文脈であれば、自分ごととして考えられるのか」
「いきなり商品説明をするのではなく、どの話題から入るべきか」
このように、顧客の反応を心理的抵抗として捉えることで、商談中の判断や対応が変わります。
ただし、商談の場で瞬時に判断し、適切に対応することは簡単ではありません。だからこそ、本シリーズではまず、商談前に顧客の心理的抵抗を想定し、どのような伝え方や材料を準備しておくべきかに焦点を当てます。
心理的抵抗を意識すると、準備の視点が変わる
6つの心理的抵抗を意識すると、商談前の準備の視点が変わります。
単に商品説明の準備をするのではなく、顧客が営業プロセスのどの段階で、どのような抵抗を感じそうかを考えるようになります。
たとえば、初回訪問では、まず「この営業は信用できるのか」という信用性の抵抗が生まれやすくなります。また、顧客から課題や関心テーマを引き出していく段階では、「このテーマは本当に考える必要があるのか」という必要性の抵抗が生まれやすくなります。
提案内容を具体化し、顧客組織を巻き込んでいく段階では、「この提案は当社に合っているのか」という適切性の抵抗、「投資に見合う効果はあるのか」という効果性の抵抗、「今取り組むべきなのか」という緊急性の抵抗が強くなります。
さらに、導入に向けて社内を動かす段階では、「現場や関係者は納得するのか」という社内の抵抗が大きなテーマになります。
このように考えると、商談前の準備は「自分が何を話すか」だけではなく、「営業プロセスのどの段階で、顧客が何に抵抗しそうか」を起点にした準備へと変わります。
もちろん、すべての抵抗が明確に順番通り出てくるわけではありません。しかし、営業プロセスと心理的抵抗を重ねて見ておくことで、商談前に準備すべきことや、顧客との対話の中で見るべき反応が具体的になります。
経験が浅くても、準備によって信用は積み上げられる
若手営業パーソンの中には、「自分はまだ経験が浅いから、顧客から信用されにくい」と感じている方もいるかもしれません。たしかに、営業経験や業界知識は重要です。特に、専門性が高く、長年の経験がものをいう業界では、若手営業が顧客から信用されるまで時間がかかることもあります。
一方で、営業個人への信用は、経験年数だけで決まるものではありません。顧客が何に困っているのか、自社はどのように役立てるのか、商談の中でどのような抵抗が生まれそうかを想定し、それに備えて準備しているかどうかでも変わります。
以前研修を受講してくれた営業経験1年程度の若手営業の方から、
「研修を受講したことで、顧客のニーズや課題を想定して自分の提案内容を事前に見直せるようになり、商談で顧客とのコミュニケーションが格段に円滑になった」
と伺ったことがあります。その方が扱う商材は、造船業でも使われる原料であり、経験や業界知識がものをいう分野でした。
このような業界では、若手営業がいきなりベテランと同じ経験値を持つことはできません。しかし、商談の前に顧客の心理的抵抗を想定し、何を確認し、どのように伝えるべきかを準備することはできます。その積み重ねが、顧客から「この営業はよく考えている」と感じてもらうきっかけになります。
経験が浅いことを言い訳にするのではなく、準備によって信用を積み上げる。この姿勢こそが、若手営業にとって大きな成長の入口になるのです。
準備の観点が分かると、経験が成長につながる
営業活動において、準備力はとても重要です。しかし、「しっかり準備しましょう」と言われても、何をどの観点で準備すればよいのかが曖昧であれば、準備の質は高まりません。
6つの心理的抵抗は、商談前の準備の観点を与えてくれます。
顧客は信用してくれるのか。
必要性を感じているのか。
自社に合う提案だと思ってくれるのか。
効果を納得できるのか。
今取り組む理由を持てるのか。
社内を動かせるのか。
この視点を持つことで、商談前に準備すべきことが明確になります。また、商談後の振り返りもしやすくなります。
「今回は必要性の抵抗を下げきれなかった」
「効果性についての説明が弱かった」
「社内の抵抗を想定できていなかった」
このように振り返ることができれば、次回の準備に活かすことができます。経験を経験のままで終わらせるのではなく、成長につなげることができるのです。
今後2回にわたって、顧客の心理的抵抗を下げるための商談前の準備力について考えていきます。今回は6つの心理的抵抗の全体像を紹介しました。次回は、初回訪問で越えるべき「信用性の抵抗」について具体的に考えます。
心理的抵抗を理解することで、皆さんの商談前の準備力の向上につながれば幸いです。
筧 裕介 プロフィール

トランスエージェント上海 総経理
愛知県出身 信州大学卒業
大学卒業後役者となるため劇団ひまわりに入所。
その後は舞台を中心にドラマ、レポーター、イベントMCなど多岐にわたって活動をする。
09年トランスエージェントに参画し、同年7月末に上海赴任。
10年には営業人材適性診断「王牌」や営業人材向け勉強会「王牌商道会」を立ち上げ、中国日系企業の営業人材の採用・育成のサポートを開始する。
2014年に総経理に就任し、現在は産業材市場に特化したウェブマーケティング支援及び営業組織管理支援(SFA導入)まで事業領域を拡大し、中国進出日系企業に対してB to B営業・マーケティング支援事業を展開している。




