営業人のための表情・しぐさ分析入門―言外の想いや意図を察する技術vol.1

第1回 売買交渉①

はじめまして。特定非営利活動法人日本交渉協会特別顧問の清水建二です。唐突ですが、クイズです。次の売買交渉のシーンを読み、問題にトライしてみて下さい。

【売買交渉】
あなたは研修会社の営業員です。研修プログラムを営業しています。営業先にてオススメの研修プログラムを一通り説明し終わり、費用を提示しようとしているシーンです。

あなた:一日の研修費用は、50万円になります。

お客さん:なるほど。一日50万円ですか。

【問題】
お客さんはどういう心理状態でしょうか。このあとどんなアプローチにつなげたら営業プログラムの契約につながりやすくなるでしょうか。

【解説】
お客さんの心理状態を推測するためにお客さんの表情を観察します。お客さんの右側の口角が引き上げられています。これは軽蔑感情を意味します。軽蔑感を抱いている人は、「自分の方が優れている」という優越感を主張したい状態にいます。しかし、「なるほど。」と言い、研修にかかる費用を繰り返しているだけですので、言葉で明確には優越感の主張はなされていません。言外にある優越感の原因を推測する必要がありそうです。

感情という反応は、刺激に対して生じます。ここでは費用の提示が刺激となり、その反応として軽蔑が生じたと考えられます。つまり、50万円に対して「優越感を主張したい」ということだと考えられます。50万円にどのような優越感を抱いているのでしょうか。50万円が丁度よい費用だとしたら、幸福表情―幸福は「この状態が続いて欲しい」という心理を意味します―あるいは何の表情反応もないと考えられます。そうなると50万円が高いか安いかです。次の二つの心理を推測します。

①研修費用が相場より高すぎて話にならないと思い、営業員の無知に優越感を抱いている。
②研修費用が予算よりも安く、自分(お客さん)はよい買い物をしたと思い、優越感を抱いている。

①か②かを決めるには他の情報が必要です。例えば、相場です。取り扱っている研修費用の相場が50万円で、かつお客さんも相場を知っているという根拠があれば、お客さんの心理は②だと考えられます。②の場合、研修費用は相場であるものの、営業を受けることで、プログラムの価値が予想以に高いと認められることが出来、お客さんは「よい買い物をした」と考えているのだと推測されます。

①か②を推測出来たら、契約可能性を高めるためのアプローチです。

①の場合、この研修の購入にかかる費用に勝るメリットを説明します。メリットについて費用提示前に説明していたのだとしたら、その説明では不足していると考えられます。説明を重ねましょう。あるいは、額面50万円の値下げする、50万円に可能な限りの諸経費を含める等の値下げアプローチも考えられます。

②の場合、こちらの利得最大化を狙うならば、50万円に加えて経費を高めに設定し、経費込みの費用を再度提示する、研修に追加できるオプションを提案する等のアプローチが考えられます。こちらの満足度は一定にお客さんの満足度を重視するならば、50万円に加えて経費を抑え、費用を再度提示するアプローチが考えられます。

言外に現れる交渉プロセスを見える化すると一見、複雑に見えます。しかし、トップセールスの営業マンは意識・無意識問わず、こうしたプロセスを瞬時に実行していることが様々なケーススタディーや科学実験から明らかになりつつあります。

これまで戦略的に交渉を進めるために主に言語的な手法に焦点が当てられてきました。言語的な手法が大切であることは言うまでもありません。しかし、コミュニケーションは、言語に表情やしぐさなどの非言語が相互に補完し成立しています。

シリーズ「交渉人のための表情・しぐさ分析入門―言外の想いや意図を察する技術」では、交渉を「話し合いによって問題を解決する行為(NPO法人日本交渉協会編、2017年)」と定義し、様々な交渉シーンで生じている潜在的な問題を表情・しぐさの観点から読み解き、解決するヒントを紹介させて頂きたいと思います。

非言語は驚くほど豊富で重要な情報を日々発信しています。本連載を通じて、感情世界の彩を体感し、日常・ビジネスコミュニケーションに活かして頂ければ嬉しく思います。

参考文献
安藤雅旺(監修)NPO法人日本交渉協会(編) 『交渉学ノススメ』生産性出版 2017年
清水建二『0.2秒のホンネ 微表情を見抜く技術』飛鳥新社 2016年


清水建二 プロフィール

特定非営利活動法人日本交渉協会特別顧問
株式会社空気を読むを科学する研究所代表取締役
防衛省研修講師


1982年、東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、東京大学大学院でメディア論やコミュニケーション論を学ぶ。学際情報学修士。日本国内にいる数少ない認定FACS(Facial Action Coding System:顔面動作符号化システム)コーダーの一人。微表情読解に関する各種資格も保持している。20歳のときに巻き込まれた狂言誘拐事件をきっかけにウソや人の心の中に関心を持つ。現在、公官庁や企業で研修やコンサルタント活動、犯罪捜査協力等を精力的に行っている。また、ニュースやバラエティー番組(「この差って何ですか?」「チコちゃんに叱られる」「偉人たちの健康診断」など)で政治家や芸能人の心理分析をしたり、刑事ドラマ(「科捜研の女 シーズン16・19」)の監修をしたりと、メディア出演の実績も多数ある。著書に『ビジネスに効く 表情のつくり方』イースト・プレス、『「顔」と「しぐさ」で相手を見抜く』フォレスト出版、『0.2秒のホンネ 微表情を見抜く技術』飛鳥新社、共著に『同頻溝通:把話說進對方的心坎裡』今周刊がある。

【著作】
『0.2秒のホンネ 微表情を見抜く技術』飛鳥新社
『「顔」と「しぐさ」で相手を見抜く』フォレスト出版
『ビジネスに効く 表情のつくり方』イースト・プレス
『同頻溝通:把話說進對方的心坎裡』今周刊(共著)


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