営業人のための表情・しぐさ分析入門―言外の想いや意図を察する技術vol.3

第3回 具体的な売買交渉の事例を科学論文の視点から俯瞰する

こんにちは。特定非営利活動法人日本交渉協会特別顧問の清水建二です。前回、前々回にわたり、具体的な売買交渉のシーンを題材に、お客さんの軽蔑・優越感・驚き・悲しみ表情をどのような読み解き、各感情にどのようにアプローチすればよいかについて考えました。本日は、こうした具体的な売買交渉の事例を科学論文の視点から俯瞰します。

交渉力と感情認識力との興味深い関係についてElfenbeinら(2007)が行った実験があります。実験結果から得られる知見は、表情識別能力の高い売り手は、表情識別能力の低い売り手に比べ、交渉を上手く進めることが出来、高い利得を得ることが出来る、ということです。実験内容は次の通りです。

実験参加者ら(シンガポール国立大学の学生164名)を売り手役、あるいは買い手役にランダムに分け、交渉エクササイズ実験に参加してもらいます。実験に参加する報酬として単位及び交渉エクササイズの成績に応じた賞金$3~$9相当を得るという条件です。

交渉エクササイズは、売り手・買い手双方が同意する必要のある4つの問題から構成されいます。一方が得をすれば一方は同じだけ損をするという分配問題、双方が同じ利得を共有できる互換性問題、二つの問題の中で一つの問題は一方においてより重要であり、もう一つの問題はもう一方においてより重要であるという2つの統合可能性問題の4つです。

実験参加者に、自身の役に応じた指示書と利得表を渡し、交渉エクササイズ中、それらの内容を相手側に知らせないように求めます。なお、利得表において、売り手・買い手双方とも最も望ましい代替案(=バトナ)は0に設定されています。つまり、取引が成立しないより、どんな取引条件でも成立した方がよく、広い交渉範囲が存在していることを意味します。

交渉エクササイズ後、実験参加者に感情認識力を計測するテストを受けてもらいます。テストは、ランダムに表示される42枚のアジア人表情写真をみて、怒り・恐怖・嫌悪・幸福・中立・悲しみ・驚きの選択肢の中から選択する形式のものです。表情が現わす感情を適切に選択できれば、感情識別力が高いという評価をします。

実験の結果、どんなことがわかったでしょうか?

実験の結果、感情認識力の高い売り手役の実験参加者は、交渉相手と協力し効率的に自身の価値を有意に高めることが出来る、ということがわかりました。一方、買い手役の感情認識力と交渉結果とにはつながりは見出せませんでした。

この結果にElfenbeinら(2007)は、売り手の方が買い手に比べ、交渉の主導権を持てた可能性があると考察しています。この見解について正面から考えるには、本実験に用いられた交渉エクササイズの条件や利得表を参考文献の論文から精査する必要があります。しかし、この見解は、日々、リアルな商談・営業に直面している私たちのビジネス感覚と矛盾しないと思います。

通常、商品・サービス情報を豊富に持っているのは売り手です。売り手は、買い手の感情の流れを読みながらー表情などの非言語だけでなく、言語を総合的に観察してー買い手にささる情報を選択的に出し入れし、交渉を成立させようと奮闘します。こうしたことをどの程度意識的に実行しているかは個人差がありますが、誰もが、大なり小なり、買い手をよく観て、買い手が望む情報を提供していることでしょう。

交渉力とは何か?と問う科学論文のほとんどは、交渉の構造や言語的側面に注目しています。本研究は、交渉力と非言語理解力との関係を初めて実証した論文として、注目に値すると私は考えます。交渉において最適な戦略は、交渉の準備段階で決まるかも知れません。言葉のやり取りで決まることもあるでしょう。しかし、不測の事態や情報収集不足で、リアルな交渉の場についてはじめてわかる情報もあるでしょう。相手が言葉でウソをついているかも知れません。そんなとき、どう戦略を変えればよいのでしょうか。相手の真のニーズを知るにはどうしたらよいでしょうか。そのヒントは、目の前に座る交渉相手の表情の中にあるかも知れません。

次回は、表情認識力を高める方法について紹介したいと思います。

参考文献
Elfenbein, H. A., Foo, M. D., White, J., Tan, H. H., & Aik, V. C. (2007). Reading your counterpart: The benefit of emotion recognition accuracy for effectiveness in negotiation. Journal of Nonverbal Behavior, 31(4), 205–223. https://doi.org/10.1007/s10919-007-0033-7


清水建二 プロフィール

特定非営利活動法人日本交渉協会特別顧問
株式会社空気を読むを科学する研究所代表取締役
防衛省研修講師


1982年、東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、東京大学大学院でメディア論やコミュニケーション論を学ぶ。学際情報学修士。日本国内にいる数少ない認定FACS(Facial Action Coding System:顔面動作符号化システム)コーダーの一人。微表情読解に関する各種資格も保持している。20歳のときに巻き込まれた狂言誘拐事件をきっかけにウソや人の心の中に関心を持つ。現在、公官庁や企業で研修やコンサルタント活動、犯罪捜査協力等を精力的に行っている。また、ニュースやバラエティー番組(「この差って何ですか?」「チコちゃんに叱られる」「偉人たちの健康診断」など)で政治家や芸能人の心理分析をしたり、刑事ドラマ(「科捜研の女 シーズン16・19」)の監修をしたりと、メディア出演の実績も多数ある。著書に『ビジネスに効く 表情のつくり方』イースト・プレス、『「顔」と「しぐさ」で相手を見抜く』フォレスト出版、『0.2秒のホンネ 微表情を見抜く技術』飛鳥新社、共著に『同頻溝通:把話說進對方的心坎裡』今周刊がある。

【著作】
『0.2秒のホンネ 微表情を見抜く技術』飛鳥新社
『「顔」と「しぐさ」で相手を見抜く』フォレスト出版
『ビジネスに効く 表情のつくり方』イースト・プレス
『同頻溝通:把話說進對方的心坎裡』今周刊(共著)


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