Vol.2 売買交渉②
こんにちは。特定非営利活動法人日本交渉協会特別顧問の清水建二です。前回、ある売買交渉のシーンを題材に、お客さんの軽蔑・優越感表情をどのような読み解き、アプローチをすればよいかについて考えました。本日は、同じ売買交渉のシーンにおいて軽蔑・優越感とは異なる表情をお客さんが見せた場合について考えたいと思います。
【売買交渉】
あなたは研修会社の営業員です。研修プログラムを営業しています。営業先にてオススメの研修プログラムを一通り説明し終わり、費用を提示しようとしているシーンです。
あなた:一日の研修費用は、50万円になります。
お客さん:なるほど。一日50万円ですか。
左から右(1)(2)
【問題】
「なるほど」とお客さんが発言しながら(1)あるいは(2)の表情で反応するとき、それぞれの表情のお客さんはどういう心理状態でしょうか。このあとどんなアプローチにつなげたら営業プログラムの契約につながりやすくなるでしょうか。
【解説】
お客さんの心理状態を推測するためにお客さんの表情を観察します。(1)では、お客さんの眉が引き上げられ、上まぶたが引き上げられ、口が開かれています。これは驚き・興味・関心を意味します。「もっと知りたい」という状態にいます。
研修費用の50万円が「高すぎる」、あるいは「安すぎる」ゆえに驚いている、とこの時点でどちらかを判断するのは早計です。驚きはポジティブ・ネガティブどちらにも属さない感情です。自分にとって注目すべき出来事が起きたときに生じる感情です。もし費用が高すぎると感じているならば、驚きに伴い何らかのネガティブ表情が、費用が安すぎると感じているならば、驚きに伴い何らかのポジティブ表情が生じると予想されます。
驚きは、これから積極的にポジティブ・ネガティブ判断をしたいという状態です。ゆえに、ここでの驚きは、50万円に値する研修内容かどうか判断するために「もっと知りたい」という心理だと推測されます。アプローチとしては、さらなる説明をしたり、お客さんが特に知りたいことを質問する等のアプローチが考えられます。
出来る営業員の方ほど、説明準備に10の労力をかけ、本番の営業でその労力の中で3を出す、そんなふうに見受けられます。お客さんが3の説明で満足し、サービスを購入して下されば、御の字です。3の説明で足りなければ、4、5と説明を広げたり、深化させるのです。無論、これが可能なのは10の準備をしているからです。
次は(2)の場合です。眉の内側が引き上げられています。これは悲しみ感情を意味します。「助けて欲しい」という状態、もっと言えば、「大切な人・モノ・思い出を失った、失いそう」という状態にいます。
この感情の働きから、研修を「大切なモノ」と思っているものの、「50万円は予算を超えていて受けられない」「研修を実施する機会を失う可能性が高く、残念だ」という心理が推測されます。額面50万円の値下げをする、可能な限りの諸経費を50万円の中に含める等の値下げアプローチが考えられます。
いかがでしょうか。同じ「なるほど」という納得・理解を示す言葉にも様々な感情が込められる可能性があり、それぞれの感情に応じて適切なアプローチが異なることがおわかり頂けたと思います。
前回、今回紹介させて頂いた感情以外にも、「なるほど」に嫌悪表情の反応であれば、「50万円は拒否します」だと推測できますし、幸福表情の反応であれば「50万円で大満足」、恐怖表情の反応であれば「50万円払えるか不安」、怒り表情の反応であれば「50万円なんて高すぎて問題外」のように推測できます。
本連載では引き続き、様々な感情の表れである表情の解説、そして感情の働き、ニーズ、ニーズに沿ったアプローチ法を具体的な事例を基に紹介していきたいと思います。
次回は、前回及び今回の具体的な売買交渉の事例を題材にした科学論文から眺めたいと思います。感情や表情を抽象的に見つめることで、逆にそれらの適用範囲が具体的に浮かび上がって来ると思います。楽しみにしていて下さい。
参考文献
清水建二『0.2秒のホンネ 微表情を見抜く技術』飛鳥新社 2016年
お知らせ
相手を観察し、相手の気持ちを考え、自分の態度を顧みる。「交渉アナリスト表情分析プラクティショナー養成オンデマンドコース」がオススメです。2021年9月にリリースされました。教材作成及び講師は私、清水建二です。営業・商談だけでなく、面接、接客などにおけるコミュニケーションを広く交渉事ととらえ、目の前の相手の表情をどう読み、どう解釈し、win-winを実現するにはどうアプローチすべきか、自分の態度をどう整えるか。科学理論とビジネス実践両面から考え、実践して頂くコースです。認定試験に合格すれば、資格も発行されます。体系的にしっかりと学ぶことが出来ます。
清水建二 プロフィール
特定非営利活動法人日本交渉協会特別顧問
株式会社空気を読むを科学する研究所代表取締役
防衛省研修講師
1982年、東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、東京大学大学院でメディア論やコミュニケーション論を学ぶ。学際情報学修士。日本国内にいる数少ない認定FACS(Facial Action Coding System:顔面動作符号化システム)コーダーの一人。微表情読解に関する各種資格も保持している。20歳のときに巻き込まれた狂言誘拐事件をきっかけにウソや人の心の中に関心を持つ。現在、公官庁や企業で研修やコンサルタント活動、犯罪捜査協力等を精力的に行っている。また、ニュースやバラエティー番組(「この差って何ですか?」「チコちゃんに叱られる」「偉人たちの健康診断」など)で政治家や芸能人の心理分析をしたり、刑事ドラマ(「科捜研の女 シーズン16・19」)の監修をしたりと、メディア出演の実績も多数ある。著書に『ビジネスに効く 表情のつくり方』イースト・プレス、『「顔」と「しぐさ」で相手を見抜く』フォレスト出版、『0.2秒のホンネ 微表情を見抜く技術』飛鳥新社、共著に『同頻溝通:把話說進對方的心坎裡』今周刊がある。
【著作】
『0.2秒のホンネ 微表情を見抜く技術』飛鳥新社
『「顔」と「しぐさ」で相手を見抜く』フォレスト出版
『ビジネスに効く 表情のつくり方』イースト・プレス
『同頻溝通:把話說進對方的心坎裡』今周刊(共著)
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