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営業人のための表情・しぐさ分析入門

Vol.12 信頼が得られる表情写真と自己アピールの組み合わせとは?【最終回】

こんにちは。特定非営利活動法人日本交渉協会特別顧問の清水建二です。交渉のテーブルに就く前にすること。一つにそれは、交渉相手について事前情報を得ることだと思います。先方の会社についてHP等を調べたり、サービスがあれば試してみたり、著作や取材記事があれば読まれるかと思います。特に著作は、先方本人によって書かれたものであれば、先方の趣向や哲学、人生などを垣間見ることが出来ます。交渉相手が一社員であったとしても、先方の会社の代表取締役による書籍を読めば、会社としての哲学や方向性がわかるため、営業・交渉に役立ちます。公にされている情報に少し手間を加えるだけで、先方はどのような交渉が好みか、どのように交渉を進めていけばよいか幾分イメージが沸くと思います。

本日は、そんな公開情報の中でも顔写真付きのプロフィールに焦点を当て、人物特性について推測するためのヒントを紹介したいと思います。

信頼が得られる表情写真と自己アピールの組み合わせとは?

取引に重要なことの一つに信頼性があります。科学的知見に頼らずとも、笑顔が信頼性を高めることを私たちは知っています。ですので、私たちはニコニコ顔の写真をプロフィールに沿えます(笑顔と信頼性に正の相関があるという科学的知見は、例えば、Krumhuberら, 2007を参照してみて下さい)。そして、信頼性の担保となる職務上の実績や自己アピールを記載します。この笑顔写真と自己評価は、信頼性についてどのような影響を他者に与えるでしょうか。京都大学の研究チームが実施した実験を紹介します。

互いを知らない実験参加者二人がペアとなり、その二人で協力してお金を獲得するゲームをやってもらいます。しかしこのゲームは、ペアの相手であるパートナーをダマして自分だけ利益を得ることもできるようにデザインされています。そのため、相手を信頼できるかが重要となります。

ゲームを始める前に、実験参加者はパートナーのプロフィールを見ます。パートナーはランダムで決まるため、実験参加者が自分で選ぶことはできません。プロフィールには、自己の信頼度に関する自己評価に加え、その人物の顔写真がつけられています。信頼度の自己評価は高い程度から普通程度まであり、顔写真は笑顔か中立顔(真顔)です。

自己評価による信頼度と顔写真が付与されたプロフィール情報をもとに、実験参加者はパートナーがどの程度信頼できるかを判断し、協力してお金をやり取りするゲームをします。実験参加者の手元にあるお金をパートナーに託します。その額が大きいほど、ゲーム後に獲得できる額も増えますが、託した全てのお金をパートナーに奪われてしまう可能性もあります。つまり、相手にいくら投資するかが信頼度を測る指標となります。

どのようなプロフィールの持ち主が最も信頼されたのでしょうか?

実験の結果、「信頼度が普通である」という自己評価がされたものに比べ、「信頼度が高い」という自己評価がされたプロフィールの人物は、より信頼される傾向にありました。文字通り言語による自己評価は信頼されやすいようです。また、「中立顔写真」の女性に比べ、「笑顔写真」のプロフィール女性は、より信頼される傾向にありました。しかし、この実験では、男性に同様の効果は認められませんでした。興味深いのは、「信頼度が高い」という自己評価に「笑顔写真」がつけられたプロフィール情報の持ち主は信頼されない傾向にありました。強すぎるポジィティブプロフィールは警戒されるようです。

裏切り者は左を向いて笑う?

プロフィール写真と信頼ゲームを用いた似たような研究において(この研究では文字による自己評価はなく、信頼ゲームに参加した実験参加者は全員男性ということに留意)、プロフィール写真に顔の左側を見せポーズする傾向は、パートナーに協力する人物より、パートナーを裏切り、自己利益を追求する人物に安定的に生じることが見出されています。さらに、顔の左側を見せポーズする裏切り者の表情は、協力する人物の表情と同じくらい信頼性が高く評価される。一方、顔の右側を見せポーズする裏切り者の表情は、協力する人物の表情より信頼性が低く評価されることがわかりました。顔の左側は本心を隠すのに都合がよいようです。

表情の写真ではないのですが、私が潜在的取引相手のSNSを閲覧しているとき、書籍いっぱいの本棚の前で笑顔でポーズしている先方の写真を見つけたときのことです。「こんなに沢山の本を読まれているのですか!」というフォロワーのコメントに対して、「はい!ほとんど読みました。何冊かは流し読みしたものもありますけどね」と写真の人物は答えていました。しかし、その膨大な書籍の入った本棚。よく調べるとただの壁紙だったのです。この人物は、知性溢れる自分をアピールしたかったのでしょうか。自分(自社)を大きく見せるための誤魔化しが常態化されているのかもと思われ、取引をするのを止めたことがあります。後にその人物の学歴や実績が盛られていることがわかり、事前準備の大切さを改めて実感したことがあります。

二つの研究知見から得られることは何でしょうか。前者の研究は、笑顔とポジティブな自己評価が他者にどう評価されるか、という傾向を解明したものです。他者に信頼してもらうための態度とは何かを考える上でヒントとなる知見が得られるでしょう。後者の研究は、どのようなポーズで表情をアピールする者に、裏切り者が多いのか、そして、それがどう評価されるのか、という傾向を解明したものです。潜在的取引相手がどの程度信頼できるか類推するための一つのヒントとなる知見が得られるでしょう。

科学の目で経験し、実践の手で科学を修正する

今回紹介した研究に限らず、本連載で紹介してきた学術論文の検証の多くは実験室実験によって得られた知見であり、現実の営業・交渉場面でどれほど有効に活用できるかは、現実を取り巻く状況や活用する人間のスキルによって大きく左右されます。

営業や交渉上手になるためには、客観的な科学知見と複雑な現実世界で体感する主観的な経験値をバランスよく取り入れ、試行錯誤していくこと。そして、実践で得られた知に自信を持ち、科学知見に修正を迫ることも重要だと、私は思います。

さて、1年を通じて担当させて頂いた本連載ですが、今回が最終回となります。交渉や営業は、無論、言葉を通じて行われます。一方、本連載では、交渉結果を左右する重要な情報が言外にどのように、なぜ込められているかを見える化しようとしてきました。どの程度、この目的が達成されたかはわかりませんが、読者に方に、「交渉の際、表情や動作などの非言語にも注目してみようかな」と少しでも思って頂けたなら、とても嬉しく思います。私の誌上での講義を動画でも体感して頂ければ、さらに嬉しく思います。交渉・営業の中の非言語情報に関心を持たれた方は、ぜひ、「表情分析プラクティショナー養成オンデマンドコース」のご受講をオススメします。誌上から動画に場面を映し、清水が講義をさせて頂きます。

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1年間本連載をお読み頂き、本当にありがとうございました。読者の皆さまとまたどこかでお会い出来ますことを祈念しております。


参考文献

大薗博記・森本裕子・中嶋智史・小宮あすか・渡部幹・吉川左紀子 (2010) 表情と言語的情報が他者の信頼性判断に及ぼす影響. 社会心理学研究, 26(1), 65-72.

Okubo, M., Ishikawa, K., Kobayashi, A., & Suzuki, H. (2017). Can I trust you? Laterality of facial trustworthiness in an economic game. Journal of Nonverbal Behavior, 41(1), 21–34. https://doi.org/10.1007/s10919-016-0242-z

Krumhuber, E., Manstead, A. S. R., Cosker, D., Marshall, D., Rosin, P. L., & Kappas, A. (2007). Facial dynamics as indicators of trustworthiness and cooperative behavior. Emotion, 7(4), 730–735. https://doi.org/10.1037/1528-3542.7.4.730

清水建二 プロフィール

特定非営利活動法人日本交渉協会特別顧問
株式会社空気を読むを科学する研究所代表取締役
防衛省研修講師


1982年、東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、東京大学大学院でメディア論やコミュニケーション論を学ぶ。学際情報学修士。日本国内にいる数少ない認定FACS(Facial Action Coding System:顔面動作符号化システム)コーダーの一人。微表情読解に関する各種資格も保持している。20歳のときに巻き込まれた狂言誘拐事件をきっかけにウソや人の心の中に関心を持つ。現在、公官庁や企業で研修やコンサルタント活動、犯罪捜査協力等を精力的に行っている。また、ニュースやバラエティー番組(「この差って何ですか?」「チコちゃんに叱られる」「偉人たちの健康診断」など)で政治家や芸能人の心理分析をしたり、刑事ドラマ(「科捜研の女 シーズン16・19」)の監修をしたりと、メディア出演の実績も多数ある。著書に『ビジネスに効く 表情のつくり方』イースト・プレス、『「顔」と「しぐさ」で相手を見抜く』フォレスト出版、『0.2秒のホンネ 微表情を見抜く技術』飛鳥新社、共著に『同頻溝通:把話說進對方的心坎裡』今周刊がある。

【著作】
『0.2秒のホンネ 微表情を見抜く技術』飛鳥新社
『「顔」と「しぐさ」で相手を見抜く』フォレスト出版
『ビジネスに効く 表情のつくり方』イースト・プレス
『同頻溝通:把話說進對方的心坎裡』今周刊(共著)


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